メンヒ(4099m)

1786年に、ヨーロッパアルプスの最高峰モンブラン(4807m)初登頂に賞金が掛けられて以来、アルピニスト達は次々に未踏峰を目指した。メンヒは1857年に初登頂された。メンヒとはドイツ語で「牧師」の意味。
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1786年に、ヨーロッパアルプスの最高峰モンブラン(4807m)初登頂に賞金が掛けられて以来、アルピニスト達は次々に未踏峰を目指した。メンヒは1857年に初登頂された。メンヒとはドイツ語で「牧師」の意味。
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アイガーは1858年に初登頂され、その後1865年にマッターホルンへの登頂が成功すると、前人未踏の峰は征服され尽くしてしまった。するとその後はより困難な未踏ルートの開拓争いとなった。マッターホルン、グランド・ジョラスとともにアルプス三大北壁の1つとして数えられるアイガー北壁は、アルピニストの前に最後まで立ちはだかったが、1938年A.ヘックマイヤーによって制覇された。
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ハイキングを終えて、今晩はグリンデルワルトの町に泊まるつもりだ。駅前の「日本語観光案内所」(スタッフ全員日本人)で取った。駅からちょっと歩くが、窓の花壇がひときわ美しい。1泊110スイスフラン(約8400円)。
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部屋の中も、外観に違わずログハウスの中のような上品な内装であった。1階の部屋だったがこの眺め。目の前に郷土資料館とドルフ教会がある。グリンデルワルトからはアイガーの東壁がやっと見える程度で、ベルナーオーバーラントを代表する3山の眺めは良いとは言えない。しかし小さいけど近い山に囲まれ、それはそれで風情がある。
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昨日のミューレンでのディナーに気を良くし、またホテルのレストランもしっかりしていることから、今晩もホテルで夕食を食べるつもりでいた。しかし夕方から部屋で日記を書いていて、気が付いたら10時になってしまった。レストランに行くともう軽食しかやっていないと言う。フランス語もドイツ語もメニューはさっぱり読めないが、「Grindelwald」の文字を見つけ、とにかく地元の料理と思い、注文した。それがこれ。薄切りのチーズ山盛り。しかも1種類。後で知ったがここのレストランは有名らしい。非常にくやしい。
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そもそもグリンデルワルトはミューレンとは正反対で、便利で人が多い。「日本語観光案内所」があることから日本人も多く、日本料理屋はもちろん「ラーメン」の幟まで見つけた。スイスの小さな町にしては相当すれている。駅はクライネシャイデックへ行く人、インターラーケンへ帰る人でごったがえしている。暮らすならグリンデルワルトだが、旅ならミューレンである。
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インターラーケンからルツェルンへ向かう列車は、途中小さな峠越えがある。ヨーロッパでもだだっ広い土地とは違い、幾つもの山や川や湖が現れる様は、日本の田舎の列車を思い出させる。しかし驚くのは水の蒼さである。
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ルツェルン駅を降りると、目の前に四森州湖(フィーアヴァルトシュテッテ湖)がある。ホテルにチェックインの前に遊覧1時間コースに乗った。この湖は、スイス建国の母体となったシュヴィーツ州、ウーリ州、ウンターヴァルテン州と、さらにルツェルン州の4つの州に囲まれていることからこう呼ばれる。シュヴィーツ州のシュヴィーツという町は、スイスの語源となった地名である。
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1時間の遊覧コースではとても行くことはできないが、何10kmも離れた湖の反対側にはウーリ州のアルトドルフという町がある。ここは歌劇で有名な、息子の頭上のリンゴを射抜いたというウィリアム・テルの伝説が残る土地である。建国の3州はスイス同盟を結ぶことによって、支配していたハプスブルク家に対して独立を求めた。ウィリアム・テルはハプスブルク家に対抗した伝説の国民的英雄である。ウィリアム・テルは長年実在の人物と思われてきたが、今ではあくまでも伝説ということになっている。
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大陸の中央にあるスイスでは海水浴ではなく湖水浴。気球が係留している砂浜の湖岸にはパラソルが、船の付く桟橋には湖に飛び込む少年たちがそれぞれに短い夏を楽しんでいる。
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このホテルはピカソ美術館(右の建物)の横にある。「グーテン・ターク」と言いながらフロントに近づいていったら、「グーテン・ターク」と返された後にドイツ語で話しかけられてしまい、自分の「グーテン・ターク」もまんざら下手ではないと思った。1泊100スイスフラン(約7650円)。ロイス川に面する宿なら2倍以上するのだろう。海外では1人でもツインルームが普通なのに、ここはシングルルームで少し狭かった。
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ルツェルンの旧市街には小さな広場(マルクト)がいくつもある。広場に面する建物のいくつかには壁画が描かれているが、ヴァインマルクトにあるホテルデ・バランスの壁画は見事。ほとんど風化していないので、時々描き直しているのだろう。
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ロイス川の四森州湖から数えて5番目に架かる、屋根付き木造橋。1408年に建造されたが1568年に嵐のため崩壊し、再建をした。17世紀にこの地方で疫病が流行し、これ題材に描いたカスパール・メークリンガーによる「死の舞踏」と名づけられた67枚の板絵が屋根の梁に掛けられている。歩いてみて壊れそうな心配はないが、いかにも古い橋というのは実感できる。
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ムゼック城壁は1386年から建造され、14,5世紀には街全体を囲んでいた。現在は9つの塔を含む約900mが残されている。ツァイト塔にある時計は1535年に作られ今も現役。この時計塔は現存する時計塔の中で世界最古のもの。カペル橋の南詰あたりからだと時計の正面がわずかに見えるのだが、手前の建物に邪魔され塔全体を見ることはできない。あまり街のシンボルという感じはしない。ムゼック城壁上にて。
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大国に囲まれた小さな山国であるスイスの、かつての産業は傭兵であった。1792年フランス革命の際に、パリのチュイルリー宮殿でルイ16世とマリー・アントワネット妃を警護していたスイス人傭兵786名が全滅した。戦死したスイス傭兵を瀕死のライオンに見立てて追悼している。1821年に完成。小さな公園の池を挟んだ岸壁に刻まれていて、公園は団体旅行の記念撮影に打って付けの作りになっている。
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旧市街を見て廻っている時に「日本語メニューあり」の看板を見つけたので、ほかに取り立てていい店が見つからなければここにしようと戻ってきた。
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メインディッシュは「ハムチーズ入りトンカツ,パスタ・サラダ付」19.8スイスフラン(約1500円)。異国の食べ物といっても、日本語メニューであればそうそう外さない。
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1333年に建造された約200mのこの橋は、ヨーロッパ最長にして最古の木造橋であった。しかし1993年、火災により北側の一部分を残して大部分を焼失した。屋根の梁には、スイス史の重要事やルツェルンの守護聖人の生涯を描いた板絵が掛けられており、北側の10枚ほどは火災でも焼け残った17世紀のオリジナルである。八角形の塔は水道塔で、花壇に彩られたカペル橋はルツェルンを代表するシンボルである。
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カペル橋はロイス川の四森州湖から数えて2番目に架かっている。ルツェルン駅を降りたときにすぐ左手に見えたけれども、湖側から日が当たる、朝のカペル橋が最も美しい。
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