2006.12.26

ガッカリだよ

先週末の新聞で、年末ということで、今年1年の印象の残った本の紹介をやっていた。
各界の著名人?20人ぐらいにそれぞれ3冊程度選出してもらっている。
見たのは朝日新聞と東京新聞である。

何がガッカリなのかというと、その選出されている本。
見ると、私が読んだような本はまるで出てこない。
2紙で40人ぐらいが各3冊ぐらい選んでいるのに、わずかに1冊だけであった。
でも良く見ると本の問題なのではなくて、選出者の人選の問題。

選出者が、作家,歴史家,人文系の大学教授など文系の人間ばかり。
彼らの専門はかなりかぶっているのに、
40人ほど居て、科学技術系は医者が1人ともうひとりだけだった。
概して作家は小説を、文系の人間は文系の本を、理系の人間は理系の本を、
読むし推しているので、理科系の本は全くと言ってよいほど
載っていないのである。

これじゃ、若者に科学の面白さを伝えようだの、技術立国日本だの言ってもダメ。
新聞社自体が科学技術に関心がない連中が揃っていることが良く解る。
もう少しましな(幅広い)人選をしてくれ。ガッカリだよ。

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2006.09.30

読書の秋

今年の秋ほど読書の秋と感じさせてくれる年もない。

たいていの本は書店でパラパラと中を見て内容を確認してから買うものだが、
例外もある。
それは中身を見るまでもなく、考えるまでもなく、買うと決まっている本だ。
それは事実上、著者や作者で決まっている。

1つには、まず読みかけの話が続いている場合である。
私は、小説は滅多に読まないから、このケースは実は少ない。
その唯二、宮城谷昌光と塩野七生。それぞれの本がどちらも今月出た。
宮城谷 昌光:三国志 第4巻,文藝春秋,2006年9月15日
宮城谷 昌光:三国志 第5巻,文藝春秋,2006年9月30日
塩野 七生:ローマ人の物語IV 賢帝の世紀,新潮社,2006年9月1日
塩野 七生:ローマ人の物語X すべての道はローマに通ず,新潮社,2006年10月1日

そして2つめは、読むと決めている人物の著作である。
以前読んだ本で深い感銘を受け、もうこれは全部読むしかないと決めている。
こちらも2人しか居ない。
具体的には、リチャード・ドーキンス。「利己的な遺伝子」であまりにも有名。
最近の彼のエッセーには少しがっかりしているが、今回はエッセーではない。
リチャード・ドーキンス,祖先の物語 上・下,小学館,2006年9月20日

宮城谷昌光は、全て読んでいるわけではないが、
読むと決めている作家と言ってもよく、2つめにも該当する。

楽しみにしている人物の本がこうも揃った今月そして来月再来月ぐらいまでは、
非常に充実した日々が過ごせるであろう。

ちなみに2つめに該当するもう1人は、ジャレド・ダイアモンドだ。
昨年末に8年ぶりの著作が出た。
8年という待ち時間に比べれば、9ヶ月前もついこの間と言って良い。
ジャレド・ダイヤモンド:文明崩壊 上・下,草思社,2005年12月28日

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2005.02.04

宮城谷昌光「三国志」特製カラー地図

 昨年10月15日,30日,11月15日と、宮城谷昌光の三国志の第一巻から第三巻までが発売された。それぞれの巻の帯に応募券が付いていて、3巻1口で「宮城谷昌光『三国志』特製カラー地図」がもらえるというので応募した。締切は12月10日だったので、もう2ヶ月前になる。「宮城谷昌光『三国志』特製カラー地図」は必ずもらえるのだが、それ以外に抽選で当たるA賞,B賞,C賞のいずれかにも応募できた。これは、B賞の「宮城谷昌光さん直筆サイン入り、額装『三国志』特製カラー地図」に応募した。

 そのカラー地図が昨日届いた。残念ながら「宮城谷昌光さん直筆サイン入り、額装~」ではなかった。本に付いてくる、本とほぼ同じ大きさの「後漢末概念図」と同じ地図で、A3版カラーになっている。本当は写真にでも撮ってここに載せたいのだが、著作権うんぬんと言われても嫌なので、止めておく。

 文藝春秋社の挨拶文が同封されていて、それによれば、宮城谷「三国志」は、第2期,第3期と3年おきに各3巻ずつ刊行を予定しているという。さらに、完結時期は著者自身も予想できないとあった。

 挨拶文にもカラー地図にも「宮城谷『三国志』」という言葉が出てくる。小説家が挑まずには居られない魅力があるのか、三国志は何人もの人が書いているので、私は「宮城谷三国志」という言葉を使っていたが、出版社的にも使うんだ、ふーん。3年おきに3巻ずつと言っても全9巻で終わるはずもない。9巻はせいぜい、すでに文藝春秋に掲載されて、刊行予定が立っている巻に過ぎないだろう。宮城谷昌光は現在何歳か知らないが、小説家生命を賭けた最後の大著作に挑むという感じになるのだろうか。サグラダ・ファミリアのようにいつ完成するか、期待しないで待っていよう。

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2004.08.01

読書日照り

読みたい本がない。
最近頻繁にあちこちの本屋に行っているが、これ!という本に出会わない。
今日読んでいた本を読み終わってしまったので、
いまいちと思いながら仕方なく次善の本を買った。
本屋には信じられないぐらいの数の本があふれているのに。

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2004.07.08

R25創刊号

7/1に創刊した無料誌R25を駅で見つけて読んだ。
ターゲットは活字離れの進む20代から30代前半の社会人男性だそうである。
私は上限いっぱいだ。

無料なので文句を言う筋合いは全くないのだが・・・、
無料ということだからもっと広告だらけなのかと思っていたが、
全くそんなことはない。
これまでの無料紙の場合、
地下鉄の駅にあるメトロガイドなんぞは広告だらけだ。
シティリビングもぎりぎり許せる程度だが、かなり広告が多い。
TOKYO HEADLINEはほとんど読んだことないので判らない。
いずれにしても広告収入で賄っているのだろうから、文句は言えない。

記事ではRanking×Reviewが、たくさんのネタで構成されていて良い。
もっともこの雑誌からRanking×Reviewを除いたら、
記事らしい記事は何も残らないが・・・。

おもしろいと言うほどではないが、
少なくとも無料である以上、毎週読みたいとは思う。
電車の中での暇つぶしには十分になる。

携帯電話が普及している昨今、電車の中で最も行われている暇つぶしは
携帯電話によるメールだったりゲームのようである。
活字どころかマンガすら読む人は少ない。
電車内で暇つぶしに活字を読んでくれれば、リクルートの目的は達成なのだろう。
もっとも、ちゃんと活字を読む人はどんな時代にも一定数居るようで、
新聞や文庫本を読む人が減ったようには思えない。
あくまでも暇つぶしに雑誌を買っていた人が買わなくなったということなのだろう。

あとはお願い。麹町か半蔵門の駅に置いて下さい。

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2004.05.31

リチャード・ドーキンス「悪魔に仕える牧師」を読んで

 私はエッセーといわれる類の本は好きではない。私にとって興味があるのは本が伝えている内容であり、著者がどういう生活をしているとか、最近はまっているものは何かなどは全くどうでもよい。エッセーというと、タレントあたりが出していることが多いが、自分のこと(深い意味ではなく)を書くことなど手間さえ惜しまなければ誰にでもできる。そんなどこにでも転がっているようなものを読んでいる暇は無いのである。

 ブログというものもまさしくエッセーで、これを読んで下さった方には申し訳ないけれど、このブログも私自身の自己満足以外の何物でもない。

 これはエッセー全般に対する私の態度であって、この本の書評は、左の列の「最近読んだ本」へ。

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2004.04.26

リチャード・ドーキンスの新しい著作「悪魔に仕える牧師」

 書店で「盲目の時計職人」というドーキンスの本が出ていた。これは93年に出た「ブラインド・ウォッチメイカー」のことであるとは言わずとしれたこと。すでに持っている本なので改題新装されても新たに買う気はないが、この訳しもしないカタカナタイトルよりも、暗示的なタイトルとなったのはうれしいことだ。ドーキンスは「利己的な遺伝子」(原題:The Selfish Gene)を筆頭に、自身の著作にこのような暗示的なタイトルを付けている。ただしこの本に限っては、Selfishという英語のニュアンスよりも、利己的という日本語のニュアンスの方がより衝撃的であり、またピッタリであることから、この訳語を付けた訳者に拍手を送りたい。盲目の時計職人も非常に暗示的である。時計の部品をでたらめにいじっていて精巧な時計ができてしまうことがあるのだろうか?この本は是非、利己的な遺伝子を読んだ後に読んで欲しい。

 さてこの改題新装された盲目の時計職人の本の帯に、ドーキンスの新しい著作「悪魔に仕える牧師」が4月に出ると書かれていた。ドーキンスの著作は2001年の「虹の解体」以来であるが、今回のこの本のタイトルも暗示的である。でも何となく予想は付く。神は、善良な心を持つものの願いを叶え、邪悪な心を持つものには罰を与えるものである。しかしこの牧師は、心の善悪ではなく、勝てば善,負ければ悪という基準で、願いを叶え,罰を与えるのである。そこが悪魔に仕えると言われるゆえんで、自然とはまさにその悪魔に仕える牧師である。・・・ということではないかと思う。

 ドーキンスの勤めるオックスフォード大学のあるイギリスは、宗教的に保守的な教育がされている土地のようで、人間は神が作り賜ったと信じている人が相当な比率で居るらしい。これに対する嘆きの言葉とも取れるのが前著作の虹の解体であった。この本もドーキンスらしい語り口と言えばそうだが、利己的な遺伝子やブラインド・ウォッチメイカーとは異なり、純粋な進化論の本ではなく、科学啓蒙書に属する内容であった。盲目の時計職人の帯で見たときから、前段のようなタイトルの暗示的な意味を予想したのだが、手にしてみるとこの本も進化論ではなく科学啓蒙書のようだ。するとこの予想は違うのか。予想の当否はともかく、ドーキンスがあの切り口鋭い進化論を書かなくなってしまったのかと思うと少し残念な気がする。ライバルと目されていたスティーブン・ジェイ・グールドが亡くなり、表だって反論されることも無くなったからなのだろうか。

 いずれにしてもドーキンスの著作だ。買わずには居られなかった。読み始めるのが楽しみだ。

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2004.03.30

出版関係者にひとこと(本のタイトルについて)

 沈黙の春を読んだ直後ぐらいに書くのが最適だったが、本のタイトルの付け方について一言申し上げたい。最適はともかく、感じていたのはかなり昔からだ。

 特に訳書に多いのだが、本屋での人目を引こうとした押しつけがましい煽るようなタイトルは止めた方がいいのではないだろうか。最近読んだ中には「数字に弱いあなたの驚くほど危険な生活」(原題:Calculated Risks)という本があった。枚挙にいとまはないが、1例挙げれば言いたいことは理解できると思う。目先の売り上げが欲しいのは解るが、こんなタイトルの本は、本好きの人間を増やすとは思えない。この手のタイトルの本は読んだ後たいていガッカリするだろう。それはオチを先に言われてしまっているからだ。映画の場合、最近は邦題を付けないために心に残らないが、本の場合、勝手な邦題を付けて次の読者を失っているのだ。

 (外国の)原著者にも、日本ではこのタイトルで売ると了承は得ていると思うのだが、嫌がる著者に「日本ではこの方が売れるんですよ」ぐらいなことを言って認めさせているに違いないと、勝手に想像している。元がそうなら仕方ないが、原題は含みのあるタイトルが付いていたりするので、見識がないのは日本の出版関係者に違いないと推測する。日本の出版関係者は単に仕事でやっているだけであって、自分自身本が好きな人は居ないのだろう。

 振り返って沈黙の春である。対照的な例として挙げるには最適な本だ。この本は、読んでいくうちに沈黙の春の意味が解っていく。タイトルも含めてすべてがピタッとつながって、著者の言わんとすることを理解したと納得できるのである。そして自分だったらこんなにも象徴的なタイトルが付けられるだろうかと考え、著者の造詣の深さに感動するのである。確かに原題「Silent Spring」を「沈黙の春」とそのまま訳すのも芸がないが、「あなたの健康を蝕むこんなにも危ない殺虫剤」というタイトルだったら、果たして名著になるだろうか。この本は1960年代に出版されたので難を逃れているが、体を表さない名を付けられて、今の本は泣いているよ。

繰り返し言う。タイトル1つ付けるのも著者の立派な知的創作行為である。
薄っぺらな編集者(訳者?)が勝手なことをするのは、止めてもらいたい。

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2004.03.03

読書状況

ローマ人の物語は文庫の3巻まできた。
なかなか面白くて読みやすい。
ローマ帝国の歴史などは昔から書かれていただろうけど、
現在これだけ読まれているということは、著者の塩野七生の文章が読みやすく、
面白いということに他ならないだろう。

PHP文庫の人物シリーズは、過去にも張良,范蠡,太公望と読んできたが、
陳平が出ているのを見つけた。
これまでのもまあ小説だし、とても面白いというほどでもないけど、
中国軍師シリーズなので買った。

講談社選書の「〈標準〉の哲学」という本を買った。
まあ厚さにもよるんだろうけど、選書シリーズは、講談社だろうと朝日だろうと
本の大きさが手頃で、ソフトカバーのところが読みやすい。
標準化されていないと互換性がなくって大変。
会社でも標準化(誰がやっても同じことができるように)しろって、
よく言われているんだけど、規格とノウハウは違うよね。
すべてが紙や言葉にできるのなら、それは機械でもできるってこと。
そこが解っていないのよね。
ってそれは置いといて・・。これから読むので楽しみ。

沈黙の春は、電車の中以外で少しずつ読んでいる。

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2004.02.22

沈黙の春

環境問題に関する古典的名著に数えられるレイチェル・カーソンの「沈黙の春」を買った。
前から読みたいと思っていた本だ。ローマ人の物語ももちろんまだ読んでいる最中だが、
ローマは文庫本なので携帯用。沈黙の春は家または休みの日用にしよう。

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