ディープ・ブルー
あまり映画を観ない私だが、ディープ・ブルーを観てきた。フィクションが多い作品の中にあって、数少ないノンフィクションものである。ドラマよりドキュメンタリーが好きなこともあるし、たまたま見た井筒監督の「こちトラ自腹じゃ!」で井筒監督が大絶賛していたのも、観に行こうかなと思ったきっかけだ。別に井筒監督の評価を信用しているわけではないのだが、コメントが良かった。「どうやって(カメラを)回したんやろ」「7000時間も(カメラを)回したん?」と映画監督らしい驚嘆をする井筒監督。人間が全く出てこないこの映画に感動する井筒監督に対して(名前の知らない)ある俳優が、やはり映画は人間模様でしょう、というようなことを言った。そこで井筒監督は言った。「ドキュメントと言えども人は演技をしてしまう。でも動物は演技をしないからね。」井筒監督だってもちろん人間模様を撮っているのだが、その俳優とは人生観が違うなと思った。
映画を観て、非常に感動したというほどではなかった。しかし教えられる映画である。学校の授業のようなボケーっとしていても入ってくるような教えではない。背中を見て育つ的な、何も教えてはいないが、真剣に喰らい付いていればイヤでも何かを感じ取ってしまう的な教えである。当たり前だ。自然は教壇には立たない。そして井筒監督のコメントを聞いていたので、どうやってこの映像を収めたのだろうかという、撮影に関わった人達の人間模様を想像してしまった。映画のラストに「我々は星や月に関心を向けてきた。しかし我々を本当に驚かせてくれるのは海である。」というナレーション(字幕)があった。
私が日頃感じていることと似ていたので、この言葉は非常に心に響いた。私が感じている似ていることとは、宇宙旅行に手軽に安く行けるようになっても、私はそれを選ばず地球上の旅行を選ぶだろうということである。私は演技をしない人間や生き物の現実がもっとも興味深いと思っている。現実の中に潜むドラマは各人の頭の中で描けばいいことであって、これがドラマですと見せられても、押しつけがましいだけだ。逆に宇宙は、方程式の中にドラマはあるかもしれないが、自分の目の前で繰り広げられる現実の中からドラマを感じることはできないのではないだろうか。昨日と今日とで違う感じ方ができるとは思えない。
ラストのナレーション(字幕)で、ことさらクジラだけを取り上げて、この生き物が少なくなってきているのに人間はまだ殺そうとしている、というようなことを言っていた。クジラの議論は別の機会にすればいいことであって、この映画の最後に持ってきているのは、この映画で本当に訴えたいことをすり替えかねない残念な蛇足である。
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