2005.10.28

Yahoo!ニュース - 読売新聞 - 中高年、本離れ進む…読売世論調査

リンク: Yahoo!ニュース - 読売新聞 - 中高年、本離れ進む…読売世論調査.

「今どきの若者は・・・」なんて表面だけをとらえてよく言われるが、
実態なんてこんなもの。

たまに本を読んだおじさんが、
「若者よもっと本を読もう」と
ぶっている姿が目に浮かびます。
私から見ると、たまに読んだ人に限って
突然本の良さに気付いたりしてこんなことを言う。

手紙だってそう。
メールは心がこもっていない。私は断然手紙派。
というあなた。
手紙は1日に何通やり取りするのですか?
多くて週に2,3通でしょ。
若者のするメールは1日に何10通もやり取りするのです。
相手のことを考えている時間は、
若者の方がきっと上ですよね。

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2005.08.31

Yahoo!ニュース - 時事通信 - 選挙演説妨害の作業員逮捕=「朝から名前連呼でうるさい」-警視庁

リンク: Yahoo!ニュース - 時事通信 - 選挙演説妨害の作業員逮捕=「朝から名前連呼でうるさい」-警視庁.

法律というのは、これを守らないと社会の秩序が守れないからできたはずだ。
社会の秩序を乱しているのは騒がしい選挙演説であって、逮捕された人には同情する。
名前の連呼とあれば、それは騒いで注意を引き付けているだけだから
暴走族となんら変わりはない。
議員のやつらは、議員年金や一票の格差是正もそうだが、自分のことになると全く手を付けたがらないのだ。
少なくとも走っている自動車からのマイクによる街宣は、法律で禁止してもらいたい。
(選挙以外の目的の場合にはすでに規制されているから、さらに笑わせる。もちろんその法律を作ったのは議員だ)

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2004.08.03

思考停止なコメント

7月猛暑は記録ずくめ、8月も続き「最も暑い夏」に

確かに今年の7月は暑かった。
そもそも梅雨が無いに等しかった。
7月20日には東京で観測史上の最高気温39.5度も記録した。
7月の平均気温は28.5度は史上1位タイ記録だそうだ。

こう暑いと文句のひとつも言いたくなる。
誰かのせいにするのが一番うさが晴れる。
そこで今年槍玉に上がっているのが、汐留のビル群である。

元はたぶん誰か専門家が言ったに違いない。
確かにそれも都心の気温を押し上げる小さな一因かもしれない。
しかしそんな効果は誤差の範囲であって、平年より暑い理由には全くならない。

汐留のビル群は何も今年突然できたわけではない。
みんな覚えているか1年前のことを!。
去年は冷夏だったのだ。
去年は原発が停止していて、夏の電気不足が心配されていたのだ。
しかし電力会社の祈りが効いたのか、涼しい夏だった。
もちろんすでに建っていた汐留のビル群に対して、熱い南風をブロックしたからだと
言った人はいない。去年の冷夏の原因に汐留をあげた人は居ないのである。
逆に、海からの涼しい風をブロックして暑くなるはずなのに
暑くならないなぁと言った人も居ない。
ではなぜ暑い今年は言われるのか?
この暑さを誰かのせいにでもして、文句を言わないと気がすまないからである。

とにもかくにも、な~んにも考えていない連中は、どこかで聞き覚えた
「海岸沿いにできたビル群が海からの風を遮って暑くなっている」
という言葉を何の疑いもなく信じ、また人前で恥ずかしくもなく
この夏の猛暑の原因として語っている。

そんな思考停止なコメント止めたら。
特にテレビに出てコメントしているやつら。
ただでさえ暑くて物を考えたくないのに、さらに思考停止が蔓延するから。

地球温暖化・ヒートアイランド・エルニーニョ・二言目には異常気象。
こういう言葉って、使えばなんとなく環境のこと考えていますって思われる
という以外に、本当に意味が解って使っているひとはどれぐらいいるのだろうか。

私は意味が解っていないし、世間に迎合する気もないので使うつもりはない。

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2004.07.25

1つの時代が終わる、終わりの始まりなのか?

最近、戦後当たり前に信じられてきたことのパラダイムシフト(価値観の転換)が
多岐に渡って起こっている。
前回のパラダイムシフトが終戦だったとすると、
終戦からバブル崩壊までが戦後という1つの時代だったと考えられるのではないか。

バブルが崩壊して10年以上が経つが、
その時代の全ての清算が済んだわけではないので、
まだ戦後という時代が終わったと言い切れるわけではない。

戦後という時代を象徴するものはいくつもあると思うが、
ここでは自民党とプロ野球を取り上げたい。
昨今のドタバタ悪あがきを見ていると、どちらも戦後の終焉と共に
その役目を終えていくものであるように思えてならない。

プロ野球は相変わらずの戦後のパラダイムにしがみついている。
Jリーグの台頭、看板選手のメジャーリーグへの進出、12球団時代の終わり。

球団合併で球界に衝撃 プロ野球、曲がり角に
お尻に火が着いているのに、これまでのやり方を変えようとはしない。
あまりにも同じスタイルが続いてきたために、変わりたくても変われないのだ。
オーナーと呼ばれる戦後を最初から最後まで生きてきた人に
戦後のパラダイムを捨てろと言っても無理な話だ。
それでも今改革をしようとしている。しかし遅すぎた感がある。
重傷になりすぎた患者に手術を施して、単に命を縮めるだけではないか。

自民党は来年が結党50年だという。
それに向け、結党以来の悲願である憲法改定の実現に向けて本格的に動き出した。

自民、憲法改正で公・民に協議機関設置呼びかけへ(読売新聞)
自民党結党50年という単なる1政党の区切りに、
それを記念して日本が誇る平和憲法をいじくられても、
憲法は自民党の私物かとも言いたくなる。
50年はともかく、アメリカのアーミテージ国務副長官も
日本の憲法第九条が日米同盟にとって邪魔な存在であるという趣旨の発言をした。
憲法9条は日米同盟の妨げ(共同通信)
アメリカの大統領が世界平和にとって邪魔な存在であると言ってやりたいが、
これを聞いて自民党は勢いづいているだろう。
機が熟したと見て来年あたり憲法改定を画策するのだろう。
しかし国民は憲法を改定したいと思っているのだろうか?
個別の条文それぞれ対して賛否はあるかもしれないが、こと第九条に関しては
これが自民党の命取りになるのではいか。
私たちは現実にそのような光景を見ている。
政権与党になることを悲願にしていた社会党が、
まさにその政権の座に着いたことで死んでしまった。
自民党の悲願であった、憲法第九条の改定を国民に提示した
その時(野望が叶うその時)が自民党の寿命が尽きる日ではないか。

プロ野球とりわけ巨人と万年与党の自民党は、どちらも戦後という時代の
勝ち組であり、まさに大衆の支持を武器にした負けないものの象徴であった。
終身雇用制と並んで、これらに乗っていれば一生安泰で居られたのが戦後であった。

戦後という1つの時代が終わろうとしている今、
自民党とプロ野球が崩壊することによって、パラダイムシフトが完了し、
国民ももうあの古き良き時代ではないんだと心から感じるに違いない。

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2004.05.31

「批判は止めよ」への批判

 未だに拉致被害者家族への批判が続いているようだ。というより、批判者に対する「批判は止めよ」というマスコミの批判が続いている。

 しかし本当に批判すらするべきでないのか。私たちは色々なところで意見や感想を述べたりする。居酒屋で数人の仲間を相手に考えを述べたりすることもある。その場合、その聞いていた仲間が「そんな考えをする奴は生きている資格がない」と言ったら誹謗・中傷に当たる。しかし「そんな言い方はおかしい」「その考えは間違っている」という意見・批判は果たして止めるべきものなのか。何かを述べた以上、聞いている人の反応はあってしかるべきでないか。聞いている人の多い少ないはあるにせよ、居酒屋も記者会見も同じではないか。賛成意見は言って良くて、反対意見(いわゆる批判)は言ってはならないなど、日頃ふた言目には言論の自由を掲げる、マスコミの自己矛盾以外の何物でもない。

 実際、拉致被害者家族に寄せられている電話・FAX・手紙・メールの内容がどういうものなのか、私は知らない。もし誹謗・中傷・嫌がらせに当たるものなら止めるべきだ。しかしマスコミは「家族の気持ちになれば『批判』などできないはずだ」と言う。マスコミは政治家や行政、その他何でも批判しているではないか。その時いちいち相手の気持ちになっているのだろうか。節度を守るのは当然だがそれすら怪しいときもある。

 私は「被害者家族の気持ちと同じ気持ちになれ」という人は、言い方は悪いが偽善者の類であると思う。被害を訴えたい、何とか国に動いて欲しい、被害者の希望通り解決して欲しいと願っている人々は、何も拉致被害者だけではあるまい。戦争・公害・事故・事件・自然災害など毎日のほとんどのニュースに被害者は存在する。ある特定の話題の被害者だけでなく、その全ての被害者の気持ちになって(被害者と同じ気持ちになるということは行動も伴うということ)、初めてそれを人に押しつけることができる。それもできずに(神でなければできるわけがない)言うのは偽善である。

 また例えば、家族を殺された人が「犯人を殺してやる」と言ったときに、その人の気持ちになって「そうだ殺すべきだ」と言ってよいのだろうか。こういった復讐の連鎖を止めるために、当事者でない人の冷静な価値判断や法律といったものがあるのではないだろうか。

 被害当事者は、時に感情を抑えることができなくても仕方がない。しかし表現した以上、それを見聞きした人の反応は受けなければならない。家族会代表の横田夫妻は、世論との温度差に当初当惑をしていたものの、その後は批判も受け止めている。その態度は立派である。国民も、結果を評価する率は高いものの、個別の課題には必ずしも良い点を付けているわけではなく、事態を冷静に見ている。マスコミだけが「批判」と「中傷」の区別もできず、「祖国」「帰国」の使い方も知らず、政治は批判するが被害者家族は批判しない。被害者家族がマスコミの力を借りたいと思っていることは当然だが、マスコミが被害者家族の批判もできないとすれば、(視聴率を取れるドラマ仕立ての報道のために)何か取引でもあるのではないかと思われても仕方がない。むしろ、互いの利益のために協力しましょうぐらいの約束はあると思って見た方が良いのだろうか。だとすれば国民はいいように使われていることになる。

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2004.05.27

テレビに映る温度。視聴者の温度。

<横田夫妻>世論との温度差に戸惑い「ひたすら訴えていく」

 拉致被害者家族が小泉首相を批判していたことは、帰国後の会見をライブで見ていたときから気になっていた。訪朝の結果を全く評価していなかったことももちろんだが、世論と乖離するだろうなという予感もあった。

 私も当事者になれば今の家族会と同じ発言をするだろう。しかし私たちは当事者ではないので、家族会の気持ちも理解し、小泉首相の気持ちも理解し、また交渉なのだから相手(北朝鮮)の気持ちも理解しなければならない。私は当事者が感情的な発言をすること自体は批判しない。だが「『国民』は今回の結果では全く納得できない」と国民を持ち出すことが、不遜であると感じるのだ。いつから「家族会の考え=国民の気持ち」になったのだ。国民が家族会を後押しするのは家族会の気持ちに同意できるからであって、無条件に応援するものではない。

 昨日のNEWS23の多事争論のコーナーで、筑紫哲也がこれを取り上げていた。感情的になってしまうのは当事者であれば仕方ない。ましてやテレビカメラの前で話すことに訓練されたいない人たちである。当事者の気持ちになればバッシングをするべきでないということ。もちろん最近あったイラク人質事件の家族へのバッシングも持ち出していた。筑紫哲也の意見は間違っていないが底が浅い。もちろん嫌がらせのようなことをするべきではない。それはその通りだ。しかし今回の家族会の反応も、イラク人質事件の家族も世論を履き違えているのにもかかわらず、国民全体の意見であるかのように唱えていたことに問題がある。イラク人質事件の家族は、「『国民』はイラク派兵に反対しているので、自衛隊をイラクから撤退して欲しい(でないと家族が殺されてしまう)。」と言っていた。筑紫哲也の話がそこまで及ばなかった理由は(時間が足らなかっただけかもしれないが)、テレビ番組自体がそうだからである。テレビ番組(キャスター等)は、国民世論を代表していると勘違いしている。自分の意見としていうのは良い。しかし世論を代弁していると勘違いしているとき不遜であると思われる。筑紫哲也はそこを理解しているだろうか(筑紫哲也がそうだと言っているわけではない)。また、テレビカメラの前で話すことに訓練されていない人たちと言う意見も、イラク人質事件の家族についてはまさにそのとおりであったが、今回は違うと思う。横田夫妻などは、講演会なども含めどれだけ人の前で話してきただろうか。他の被害者家族についても大きくは違わない。

 もうひとつはテレビ番組が得意とするヒューマンストーリー(この表現は数日前の東京新聞に出ていたので使わせてもらう)である。解りやすく言えば、技術を紹介するのにプロジェクトXのようにそれに関わった人達を紹介するのである。拉致問題であれば主役はもちろん拉致被害者家族であり、拉致被害者本人だ。プロジェクトXのヒットで解るとおり、お涙ちょうだい的な人間ドラマは人を惹きつける。つまり視聴率が取れるということ。だからニュース番組と言えども、主役である拉致被害者の気持ちには焦点を当てるが、小泉首相の苦労を解ってあげようよとは誰も言わないし、いわんや主役を痛みつける役である北朝鮮の気持ちを考えるなどもっての他なのである。別に北朝鮮の気持ちに賛同しろと言っているわけではないが、日本政府や北朝鮮政府の気持ち(言い分)も理解することによって、このような結果となった経緯を本質的に理解できるということだ。報道の使命はそこにあるのではないだろうか。

 日本と北朝鮮の意見が異なるように、家族会と国民の意見が違うのは全くおかしいことではない。拉致問題は長年に渡って関心を持たれなかったが、今はようやく巡って来た主役の時代である。自分たちの意見を国民に納得してもらおうという謙虚さに、国民が主役の座に着かせてくれているのであって、自分たちが国民の意見を代表している
という不遜な態度になれば一気にそっぽを向かれてしまう。それはあたかもスポーツ中継で必要以上に熱くなっているアナウンサーや、選挙のときだけ庶民の代表をアピールする政治家のように、それを見ている国民は自分との温度の違いにしらけきってしまうのである。

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2004.05.24

ニュースな一日。私の評価は70点。

<小泉首相訪朝>蓮池、地村さんの家族5人、今夜帰国へ

 いろいろ評価は分かれているようだが、私は例え1歩でも半歩でも前進したことは評価に値すると思う。これまでは日本側が拉致被害者の5人を返さなかったこともあり、デッドロックの状態だった。デッドロックは「せーの」で同時に外さなければならない。会談というものは事前にお膳立てができているものだ。今回小泉首相がしたことは、お互いデッドロックを解除しましょうという確認と、事前に読めていなかったジェンキンスさんを説得することだけだったはずだ。成果は期待されたほどではなかったが、ブレーキ状態からいきなりゴールにはなるまい。

 過大な期待をしていた人(=今回の成果を全く評価しない人=いわゆる強硬派)は、この1年8ヶ月の間に物事が進んでいると思い違いをしていただけだ。私に言わせれば、5人の被害者の一時帰国をさせなかった時点で、相手も硬化してしまい、埒があかない状態になっていたのだ。つまり強硬派が解決を遅らせているのだ。「そもそも」論を持ち出すのも結構だが、それを言い出したら相手も戦時中の強制連行を持ち出すだろう。それで物事が解決するのだろうか。

 引き換えみたいな援助をするなという人も居る。むしろ家族会が言っている。被害者が向こう岸に立っている状態で、何々の援助と引き換えに返すとストレートに言われたら、それでもそもそも論を述べるのだろうか。私なら金(援助)を惜しんで帰ってこないくらいなら、金ならやるから早く返せと言いたい。国交正常化もそうだ。最も良いのは全く障害のない関係になることだ。誰もそれを否定する人はいないのに、そもそも先に約束を破ったのは向こうだなどと、一歩も前に進まないそもそも論を持ち出して、だから相手が何々するまではこっちも何々するべきではないなどと、面子ばかりを大事にして解決を妨げるようなことばかり言っている。相手を全く信用しないのなら、交渉などできるはずがない。こちらが強硬になれば相手もそうなるのだ。当然だ。

 もちろんこれまでの相手の裏切りが、信用できない理由なのだが、裏切りというのもそれぞれの立場が感じる相対的なものだ。パレスチナとイスラエルのように、第三者が見れば、本人たちが思っているほどどちらかが一方的に悪いということもないだろう。武力ではなく交渉で解決を図ろうとするのなら、性善説を持って席に着き、相手が約束したことはとりあえずその場では信用しなければならない。次に約束違反が有れば非難すればよいが、今回の約束違反は5分5分だ。それ以前のことは約束の範囲ではないし、こちらが100%約束を履行して初めて相手を非難できるのだ。約束したけどそんな約束信じられないと言うのであれば、最初から交渉のテーブルに着かない方がよい。でもテーブルに着かずに解決できるのですか。

 強硬派は席を蹴るのも辞さずのようだが、今回の(いつでもそうだが)最悪の結果は席を蹴って帰ってくることだった。決裂したらまた暗黒の数年か数十年かが過ぎるだろう。国内のことは内閣総理大臣の決断ひとつで右にも左にも進むだろう。しかしこれは交渉である。こちらの主張を全て通し、相手の主張には一切耳を傾けないという、10対0はあり得ない。6対4なら勝ち。ましてやアウェーである。5分5分でもよしとしなければならない。

 そういう意味で、もっとやれたんじゃないかという思いはあるにせよ、及第点の70点だ。もちろんまだスタート地点から数歩踏み出しただけ。これからの課題も山積している。本当の採点期間はこれからだ。家族は一刻も早くと願っていると思うが、動き出してからも時間はかかるだろう。それでもきちんと動き出せばあとは早いとも言える。むしろ信頼関係に疑いを抱かせるような、変な動き(経済制裁など)をして流れを止めないようにすることだ。アメリカのように、思い通りにならないと、これでも食らえとばかりに拳を振り上げるのは、本当に覇権を持ったもののする外交ではない。いささか寛容過ぎるかもしれないが、それが実を取る最短距離ではないかと思う。

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2004.05.12

成田空港での出迎え

<年金未納>福田官房長官が辞任 後任に細田官房副長官

GWの旅行から無事帰国し、7日の18:00に成田空港に到着した。
空港に着いて、電車に乗る前にすることとは、新聞を買うことである。

最近海外でも国によっては日本の放送が見られることがある。
しかしそういうことは稀だし、ニュースをやっているとは限らないし、
1日中見ているわけではないし、どちらにせよ日本のニュースには疎くなってしまう。
日本への帰国便には日本の新聞が用意されていることが多いが、
今回のAF(エールフランス)には用意されてなかった。
アテンダントに聞いたら、以前は置いていたが今は無いとのこと。
乗客のほとんどが日本人で、CDG(シャルル・ドゴール空港)で
日本語のアナウンスをするような便なのにである。
総じてAFは悪くはないが、パーソナルテレビのように費用がかさむ設備なら
しょうがないと思うものの、なぜこの程度の安価なサービスを止めてしまうかねと思った。
これじゃますますSQ(シンガポール航空)との差が広がるばかりだ
(ぜんぜん肩を並べていないけど)。

というわけで駅の売店の前に来た。
躍る見出しは「福田官房長官辞任」だった。
出発前に、日本のニュースがこんなに面白いんじゃ旅行に行くのが残念だと
言っていたが、まるで帰国にタイミングを合わせたかのように
ビッグニュースが出迎えてくれた。

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2004.04.29

笑いを通り越すとはこういうことを言うのだろう

<年金未納問題>新たに福田官房長官、菅代表らも

「個人情報」の一点張りで退けていたのが前日。
そこまでムキにならなくてもという気がしたが、やっぱりねって感じ。
民主党がストレートなら政府はフォーカード。
お互い後出しをしたがるはずだ。
それにしても閣僚で7人はすごい数だ。

テレビで「今の年金はしたくもないギャンブルに参加させられている」と
コメントしていた人がいた。なるほどうまい表現だ。

盗人に悪い順位もないが、あえて付けるならば中川経産相が一番悪いと思う。
他の人は切り替え時のミスという気がしないでもない。
しかし中川経産相は21年間だからね。
確信犯といわれても仕方がないだろう。
福田官房長官、あなたはいっぺんに国民を敵に回したね。
今後社会保険庁は仕事をやりづらくなると思うよ。
菅代表、あんたも江角マキコさんのときはずいぶん息巻いていたね。
制度の問題というのはある意味そのとおりなのかもしれないが、
あなたは厚生大臣だったのだから、問題があるのならそのとき対処しなきゃ。
払っていなかったのもそのときだよね。
そのとき発覚しなくて良かった。
いま坂口厚労大臣が、過去ではなく今月の年金保険料を払っていない
と言っているのと同じだからね。

GWで明日からスペイン-モロッコに旅行に行く。
日本のニュースがこんなに面白いんじゃ旅行に行ってしまうのも残念だが、
これじゃドラマなど誰も見なくなるわけだ。
社会風刺の漫画家などが付けるオチを先取りしてしまった、
今回の笑いを通り越したこの一件。
帰国後はどうなっていることやら。

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2004.04.20

イラクで誘拐された人たちが語ったこと

<イラク人質解放>3人帰国 複雑な事情が見え隠れ

記者会見をしなくて正解だね。
もちろん彼らにも一定の責任はあると思うが、
だからといって、カメラやその後ろのに居る心無い人々が
彼らを血祭りにあげていいというものでもない。
医者も言ったかもしれないが、家族が説き伏せたのだろう。

高遠さんが「イラクに残りたい。イラクの人のことを嫌いになれないんです。」
と言ったのが日本政府筋から非難を浴びた。
高遠さんが日本向けに言ったかイラク向けに言ったかは定かでないが
(たぶんどちらでもなくただの本心だろう)、結果として
この発言が日本人とイラク人の距離を大きく縮めたはずだ。
この発言は非常に大きい価値があった。

後に誘拐された2人は、日本人というだけでこういう目に遭うようになった、
と言っていた。
彼らにとっては、今までは誘拐の心配などない場所だったのだ。
それが日本の自衛隊が来たことによって危険な場所になったのだと言っている。
彼らは自衛隊より早くからイラクに居る。
自分たちが危険な場所にしておいて、危険だから自衛隊に任せなさいは
おかしいと感じているのではないだろうか。

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