パソコン通信が終わる
@niftyのパソコン通信が3/31に終わった。と書こうと思って改めて見たら来年2006年3月31日に終わるとのことであった。まあここまで来たらどちらでも大差はない。フォーラムの発言を読み書きすることもないし、メールも移行してしまった。
@niftyのと書いたが、以前はニフティサーブと言っていた。ドメインはniftyserve.or.jpだった。私が入会したのは会社に入って1年目の94年の11月23日だ。この頃パソコン通信には富士通系のニフティサーブとNEC系のPC-VANがあったのだが、どうしてニフティサーブを選んだかは覚えていない。とにかくこの日以前に近所の本屋でニフティサーブ入会パックを買っていて、この日(祝日)にモデムを買いに行ってオンラインサインアップをしたはずだ。
初めてパソコンを買ったのは93年の8月。大学院2年生(M2)の時だった。M2の時、ゼミの学生が多かった。研究室にパソコンが数台あったが、人数割りで行くと3人に1台ぐらいだ。今のように誰もが全てをパソコンを使って作成していたわけではないが、卒論の時期はパソコンが取り合いになる可能性がある。そこで個人で買って研究室に持ち込んでいた。もちろんNECの、PC-9801BXという機種だ。確かCPUが486の20MHz,メモリ640+1,024KB,HDD120MBだったと思う。今ならメモリだけで120MB以上ある。OSはMS-DOS5.0だ。しかし笑ってはいけない。私が買ったのは当時の最新機種だ(最新の中で一番安価な機種だったが)。研究室にあったのは、RAが1台,VXが2台,VMが2か3台だった。唯一RAだけが386の16MHzで、残りは286の確か8MHzぐらいだったはずだ。高速でプリンタにも接続していたRAは、朝一番に来た人が取ってしまうのだ。この頃後輩の1人が、誰かからカラーのノートパソコンをもらったと言って見せてもらった。確かNECの初代カラーノートだ。すごい(欲しい)と驚嘆した覚えがある。
この頃研究室でゲームが流行っていた。また別の後輩の1人にやたらそのゲーム情報に詳しいのが居て、これが面白いとか流行っていると言って持ってきてくれた。どこから持ってくるのかと聞いたときに、返ってきた答えがニフティサーブというパソコン通信で、ニフティサーブという言葉を聞いた最初であった。今もお世話になっている2次元グラフ描画ソフトNGraphも、この後輩に教えてもらったソフトだ。
94年の11月に初めて接続したとき、モデムは2,400bps、通信ソフトはWTERMだった。この頃OS(MS-DOS)1つとってもconfig.sysやらautoexec.batを自分で設定しなければならない。ATコマンド(モデムの設定)を書くのも当然のことだった。今なら携帯を買った、インターネットに繋がったと言えば、まず友人にそのアドレスを連絡するのであろう。しかし当時は周りにメールアドレスを持っている人なんか居やしない。メールによる通信が出来る人のほとんどはパソコン通信(ニフティかPC-VAN)をやっている人で、当時パソコン通信と言えばオタクな趣味と思われていたのだ。だから友人とのメール交換なんて望むべくもない。入会して何ヶ月かして友人の1人から、ニフティサーブの自己紹介で私の名前を見たが本人か?、もしそうならこのアドレスにメールをくださいなんて書いた郵便はがきが来たこともある。ニフティ以外の人とメールのやりとりをするには、メールアドレスの前に「INET:」を付けるというのはこの時に知った。こんな状態だから必然的にフォーラムに入って、見知らぬ人とやりとりをすることになる。
パソコン通信に別れを告げるに当たり、入会フォーラム数を数えたら74あった。どんなものかのぞいてみたかっただけのものや、ソフトをダウンロードしたかっただけのものもたくさんあるが、思い出深いフォーラムもある。筆頭はFBASKET後のFBASFANの5番「NBA雑談」会議室である。ここは本当に盛り上がっていた。シカゴブルズ全盛時代で、NHK-BSでもシーズン中は毎日のように放送していた。高田馬場でのオフ会にも1度行った。次にFRUGBYか。6番「大学チーム」会議室をきっかけに、ホームパーティーに誘われ、後にパティオになり、このパティオの人たちとは何度も観戦やオフ会に出かけた。いつしかモデムも28,800bps(ニパッパ)になり、通信もWTERMの手動から、WTERMのオートパイロット(名前が思い出せない)、そしてNifTermと通信手段は変化を遂げていた。またwebメールなどという便利なものも登場した。気が付くと私のパソコンも、93年のBXから数えて3代目になっていた。
一時期はかくも隆盛を誇ったニフティのフォーラムそしてパソコン通信であるが、いつの頃からか寂れて来てしまった。決定的な事柄は何だったのだろう。個人的には決定的な事柄はなく、時代の流れと共に徐々にであったと思っているが、どうであろうか。パソコン通信が終了するに当たって@niftyから封書で書類が来た。ここに略史が出ている。96年1月にインターネット接続サービスが始まったという。この頃はインターネットの方が亜流で、一部の新しい物好きが興味を示していたレベルではなかったかと思う。続いて99年11月のInfoWebとの統合、@niftyへの名称変更。これ以降「旧パソコン通信会員」などという言い方をするようになり、これはユーザーに対して、ニフティの今後の方向性を見せつけたかもしれない。
フォーラムから人々の声がしなくなり、私もいつしかメールを送受信するだけになっていた。昨今メールアドレスぐらいならば無料のところはいくらでもあるが、メールアドレスを変更するのは面倒だし、NifTermは便利だし現在の状況に特段不便を感じていなかったこともあって、そのままで来てしまった。案内が来てから、今年の3/31だと思っていたので、大急ぎでメールを移行した。メーラーをどれにするか悩んだが、秀丸エディタでお世話になっていて信頼性は絶対の、秀まるおさんの鶴亀メールにすることにした。秀丸エディタのユーザーは無料で使えるというのも決めた理由のひとつだ。使ってみるとNifTermに勝るとも劣らない。もちろんメールに特化したソフトであり、またインターネットメールはパソコン通信では対応していなかったものも使えるため(例えばcc)、迷惑メールフィルタなど新しい機能にも対応しており(当たり前か)、もっと早くから使っていても良かったとも思っている。もうパソコン通信には接続しないだろう。だがメアドは変えなくて済むなら変えたくないし、今ではブログも持っている。@niftyを止めるつもりは今のところない。
パソコン通信が終わる。そして1つの時代が終わった。
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