[書評] 文明崩壊
ジャレド・ダイアモンド:文明崩壊 上・下,草思社,2005
本書の著者ジャレド・ダイアモンドの「銃・病原菌・鉄」を読んで影響を受け、関連しそうな本を読んできたことはこのブログでも述べてきた。「銃・病原菌・鉄」が出た当時はそれに近い内容を扱った本は少なかったと思うが、その後「銃・病原菌・鉄」に影響を受けたことにより研究が進んだのか、最近は書店にも並ぶようになったと感じていた。しかし世の中が近づいてきたとき、当のジャレド・ダイアモンドはその先に行っていた。
「銃・病原菌・鉄」が文明のスタートラインから今日までの道のりを描いたのに対し、本書では今日から向かうかもしれない文明の終焉の可能性を示す。本書は大きく分けて現代の社会と過去の社会の2つから、それぞれ5つの社会を取り上げる。過去の社会はいずれも「環境問題」に適応できずに崩壊した社会である。現代の社会もそれぞれに「環境問題」を抱える社会である。過去の社会の崩壊例を見せられた後では、現代の社会の崩壊も絵空事とは思えない。
「環境問題」とかぎ括弧付きで書いたのは、本書で取り上げられている環境問題とは、昨今の日本社会において流行で取り上げられているような狭い意味での環境問題ではないからである。日本が島国であるのも、日本人が米を主食とするのも、現在アメリカと仲が良く中国と仲が悪いのも、皆日本を形作る本書で言うところの環境である。こういう意味での「環境問題」であるから、将来本書に由来すると言われるような誤解を与えない訳語を使って欲しかった。
過去の歴史が何かを証明するわけではないが、将来のことを予測するのに過去の例を参照するのは説得力を持つ。そういう意味で、過去の社会を取り上げた第2部は圧巻である。第2部が本書の中核であるし、第2部だけでも1冊の本になると感じる。しかし主題の裏付けのために取り上げた承や転の部分が中核だと言われてしまうのは、結が弱いからではないだろうか。「銃・病原菌・鉄」は過去の話だったので、多少結が甘くても承転で重要な事実が指摘されていれば、それだけで価値があった。しかし本書の主題は将来の話であり、過去の重要な事実もあくまでも前ふりにしか過ぎない。将来に向けてと題した第4部の結びのための前ふりであるのに、読後も前ふりの印象ばかりが残ってしまって、結局著者は何を言いたかったのか心に残らない。個々の事例研究として第一級だと思うが、「銃・病原菌・鉄」ほどの衝撃は感じられない。☆☆☆☆
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訳者が書いているように、おとなのための世界史教科書という表現がピッタリとくる本である。各章のタイトルの付け方に表されているように、おとなどころかこどもに物語を読んで聞かせているような語り口になっている。世界史というのは、高校生時代に授業を受けた記憶で言えば、時間軸に沿って話が進むがあっちこっちと話が飛んでしまい、全体像がつかめない感じであった。本書は24章に分かれているが、各論の寄せ集めではなく全体を通してのストーリーとして成立している。まさに人間ものがたりである。
全4巻からなる物理読本シリーズの第4巻で、副題は「非線形の世界」。第1巻は古典物理の世界、第2巻は量子力学の世界、第3巻は相対性理論の世界を扱っている。第2巻と第3巻は読んでいない。前3巻は20世紀までの物理学という感じがするが、この非線形の世界を扱った第4巻はこれからの物理学という感じがする。これまでの常識では、複雑な現象というのは複雑な原因に由来すると考えられてきた。しかし近年、単純な法則から複雑な現象が生み出されることが解明されてきた。20世紀から21世紀というこの時代に非線形系の研究が発展してきた背景には、コンピュータの進歩によるところが大きい。本書で紹介されているライフゲームはその1例である。ルールは簡単。コンピュータで簡単に試してみることができる。しかし奥が深い。本書を読んで非線形系の面白さを垣間見ることができれば、関連図書に手を出し、虜になっていく人も居るかもしれない。☆☆☆
この地球上に人類がたどった歴史は1つしかない。しかしもう1度同じ条件でやり直したら同じ歴史をたどるのであろうか?大河の流域に文明が栄える。これには必然性がありそうだ。だがその場所に大河があったのは、気まぐれな地球の地殻変動が決めた偶然である。歴史そして現代社会のありようには必然性がどれだけ支配していて、偶然性がどれだけ含まれているのか。ジャレド・ダイアモンドはこのような疑問を持ち、1997年に「銃・病原菌・鉄」著した(日本語訳2000年)。
帝政ローマを築き上げた神君アウグストゥス亡き後の約50年間を描く。登場する皇帝はティベリウス,カリグラ,クラウディウス,ネロの4人である。皇帝ネロの治世の始まりの頃に生まれたとされる歴史家タキトゥスの著作「年代記」の中で、この4人の皇帝は酷評されているという。この著作が後世に与えた影響は大きく、「悪名高き皇帝」という汚名はタキトゥスの筆によって伝わったと著者は言う。
きっかけは全てジャレド・ダイアモンドの「銃・病原菌・鉄」にある。
昨年11月に発覚した耐震偽装問題をエサに一稼ぎをしてやろうという本。著者は否定するであろうが、何か世間を騒がす事件・事故が起こるたびに「なぜ○○は起こるのか」といった書名の本が連発されているのだから、またこの手の本かという誹りはまぬがれないであろう(事件の度に著者は異なるであろうが、編集者は同じであろう)。それでも内容があるのなら文句はないが、本書の発行日は12月26日。つまり長くても1ヶ月程度で書いたことになる。今現在でも、これから事件の全容を明らかにしていくという段階なのだから、本書に事件の全容が書かれているわけではもちろんない。現在マンションに住んでいて、この事件の報道を見聞きして不安になっている人を対象に書かれているが、内容は「業界はこうなんです」ということが書かれているだけで、この本を読んだからと言って何か不安や疑問が解決することは全くない。
本書の発行は2005年5月1日となっている。その6日前の4月25日に死者107名を出したJR福知山線列車事故が発生し、しばらくの期間世の中はこのニュースで持ちきりであった。この事故の報道においては、運転手個人の運転ミスであるという視点はむしろ少なく、JR西日本の社風や鉄道システムそのものに批判が浴びせられていたようである。
本書が扱っているのは、数百万年前から数千年前にかけての人類の歴史である。これまでの学問の枠組みでは、数百万年前から数万年前という年代は人類学の範疇で、主に発掘された骨を手がかりに人類の進化の道筋を明らかにしていくものであった。また考古学と呼ばれる学問は、発掘によるという点では同様であるが、主として人類が文明を築き上げた数千年前以後を対象にしている。ここで空白になってしまうのが、解剖学的には現世人類と区別が付かないが、文明には到っていない数万年前から数千年前の年代である。この年代は人類が世界中に拡散し、また農耕が生まれ、文明前夜と呼べるような人類の歴史にとって重要な時期であるが、学問的には人類学と考古学の隙間になる。身体の特徴や言語の比較といった手法が用いられているが、人類のあけぼの,文明の始まりといった派手さがないし、また文系と理系の境目のどっちつかずな所も研究が進まなかった理由であろう。
歴史を知って面白いと思うことは、歴史的事実そのものよりも、自らが生きる時代に重ね合わせられるところにあると思う。国や時代が異なっていても、人間のやることというのはバカバカしいほど同じなのである。
科学というものは本来、その時の国家体制や宗教観や流行とは独立のものである。しかしそれが社会に向けて発表される以上、その時々の社会情勢に無縁では居られない。新たな発見が既存の価値観を覆すようなものであれば、それは細心の注意を払って発表しなければならないのである。その最も著名な2つの例は地動説と進化論であろう。どちらも、人間だけが神に選ばれた存在とされていた時代に見いだされ、時の指導者や教会などから大変な迫害を受けたと言われている。
全4巻からなる物理読本シリーズで古典物理の世界を扱った第1巻。一般向けに広く浅く取り上げた本であり、このような目的で書かれた本は珍しくはない。しかし他とは違う何かがある。ハウツー本のようにあるトピックスを取り上げて解説を付けているわけではない。どちらかというと読み物である。人類が疑問に思ってきたこと、原理を発見してきたことを歴史を追って順に取り上げている感じがする。この順番というのは読者の疑問の順と言ってもよい。だから読みやすい。高校生はもちろん中学生でも頑張れば十分に読める。だが幅広く取り上げて説明が最小限だから物足りない気もする。縦書きで数式はほとんど無いから、文系向けの物理の教科書といった感じがする。☆☆☆
大砲の弾やスイカといった球体を最も効率よく詰め込む(球の最密充填)にはどのように詰めたらよいのであろうか。実用上最密と思われているのは、正三角形に並べた3つの球によってできる窪みに4つ目の球を置く六方最密充填と呼ばれる方法である。この積み方はケプラーに言われずとも、果物屋であれば誰でも使っている。ケプラー以前から漠然と最密と思われてきた配置を、ケプラーは1611年にこれが最密であるという予想を立てた。しかしそれを証明するとなればそれほど簡単なことではない。そしてこれが証明されるのに387年という年月を要したのである。
なかなかユニークな本だ。著者らはこれまでの相対論に対する議論を目の当たりにしてきて、このような大人が子供を諭すような本を書かずには居られなかったのであろう。
戦後の高度経済成長時代がバブルという最後の花を咲かせて散って以降、現在の日本は先の見えない不安な時代と言われている。これは社会の様々な場面で、これまでの価値感が通用しなくなってきているためである。
占いの類には全く興味がない私だが、暦となると話は別である。○○座の星占いや大安・仏滅の六曜、一白・二黒の九星術、甲(きのえ)・乙(きのと)の十干、子・丑・寅の十二支。大寒・立春は二十四節気だし、土用は陰陽五行説に由来する。この辺りは日常無くても問題は生じないが、月・火・水の曜日や1月・2月の月となると、話は違ってくる。いずれも月日に対して何かを割り当てているという点で共通しているが、現代では前者は占いの部類に属し、後者は暦の部類に属する感じである。後者には必然性を感じるかもしれないが、実際にはそうでもない。曜日はなぜ7つなのか、大の月・小の月の割り振りと端数が2月なのはなぜなのか、これらは大きな疑問である。しかもこの暦は太陽暦を使う全ての国々で同一なのである。占いのように感じる割り振りも、暦のように感じる割り振りも、結局のところ天文の動きや気候の変動、もしくは宗教的な意味と、そのすべてが何某かの理由によって決定されてきている。その理由を解くのが本書である。割り振り自体は区切りや目安として便利であるが、○○の日だから幸福とか不幸という考え方と結び付いたときに、暦は占いになる。ただ古代では暦と占いは同一のものであった。暦もしくは占いは様々な時代の様々な世界観の反映であり、現在のカレンダーを見れば古代人の世界観が溢れていることが解る。
文化人類学には興味があるのだが、なかなか簡単に読めそうなこれだという本が見つからない。ひとつには、一口に文化人類学といってもその網羅する範囲があまりにも広く、実際本になるときには各論の形になってしまうからではないかと思う。その点で本書は文化人類学が扱う領域を広く浅く書いており、その内容も読みやすい。本書の初版は1990年であるが、増補改訂前の初版は1979年である。回転の速い現在にあって、26年もしくは15年も前に書かれた本が未だに版を重ねているのは、その後に文化人類学全体を扱った良い本が出ていない証拠でもある。このような入門をきっかけに興味のある各論を読み進めていけば良いのだが、巻末に挙げられている「おすすめしたい参考書」,参考文献とも古いものばかりであるので、それも難しくなってしまう。その内容に大きな進展はなくとも、新しい本の出版を待ちたい分野である。☆☆☆
最後まで読まずに書評を書くのも良くないかもしれないが、読むに耐えなかったというのもまた事実である。本書で取り上げている内容は、学校のクラスによくある女子グループ間の意見の対立にしか思えない。フェミニズムのみならず、新しい考え方が普及するか否かは、結局はその考え方が多くの人の心を捉えるかどうかに係っているのであって、渦中に居ない人にとってはまず大所高所の議論に説得力があることが重要であると思う。しかし本書では、私から見れば右でも左でもいいような些細なことを、あっち派こっち派(例えばアンアン派とJJ派)と言っているのにしか感じられない。あっち派とこっち派の議論がこの程度の重箱の隅を突いたような言い争いであるならば、フェミニズムが没落するのも当然と言えよう。また著者が自らの世代を「くびれの世代」と呼び、他と一線を引いているのだが、これも端から見れば大差のない線引きであって、自分の周りの狭い領域とそれ以外という視野の狭い議論に終始している。これでオピニオンリーダー気取りなのかと、読んでいて情けなくなる。読むのも時間の無駄、書評を書くのも時間の無駄である。
満州事変後から終戦までを描いた前著
この本を読もうと思った理由は2つ。1つはローマ人の物語シリーズの巻末に、この著者の過去の著作が載っていたこと。もう1つは今年トルコへ旅行に行こうと思っていることである。現在のトルコの領土は、紀元前1世紀にローマの版図に入って以来、その後ローマの分家であるビザンチン帝国に引き継がれ、本書がテーマとする1453年5月29日にオスマン・トルコ軍によってコンスタンティノープルが陥落するまで、まさしくヨーロッパであった。
この巻の主人公であるアウグストゥスは英語の8月に当たるAugustの語源として名前ぐらいは知っていた。ちなみに7月に当たるJulyの語源はユリウス・カエサルのユリウスである。カエサルと並び称されるアウグストゥスであるが、彼についてはまあ何も知らない。しかし月の名称になっているのはこの2人だけなので、相当な功績そして人民から慕われる名声を残した人なんだろうぐらいには思っていた。カエサルとアウグストゥスは2人とも偉大であるが、ひとことで言うと、古い秩序を打ち壊したカエサルと新しい秩序を築いたアウグストゥスということになるのではないだろうか。
最近、確率・統計を題材にした本やパラドックスを扱った本は、興味があってそれぞれいくつか読んでいる(
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