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2006.01.25

[書評] ローマ人の物語VII 悪名高き皇帝たち

塩野 七生:ローマ人の物語VII 悪名高き皇帝たち,新潮社,1998

ローマ人の物語VII 悪名高き皇帝たち 帝政ローマを築き上げた神君アウグストゥス亡き後の約50年間を描く。登場する皇帝はティベリウス,カリグラ,クラウディウス,ネロの4人である。皇帝ネロの治世の始まりの頃に生まれたとされる歴史家タキトゥスの著作「年代記」の中で、この4人の皇帝は酷評されているという。この著作が後世に与えた影響は大きく、「悪名高き皇帝」という汚名はタキトゥスの筆によって伝わったと著者は言う。
 カエサルとアウグストゥスは実力と人気を兼ね備えた英雄であった。しかしその跡を継いだティベリウスは、この2人のようになれないことはすぐに解ったであろう。2人の天才指導者が治めた時代が終わると、やもすると彼らのようなカリスマでなければ国を治めることができないと思われたかもしれない。しかしティベリウスは、英雄でなくても彼らが築いたシステムを守りさえすれば治められるということを示した。人気取りはやらない。だが仕事はやる。皇帝という職業では珍しくクールな職人気質の人物だ。July(カエサル)やAugust(アウグストゥス)のように月の名前に名を残してはどうかと進言されたときに、皇帝が13人になったらどうするのかと言って断っている。彼らの汚名を晴らしたいという著者の思いが含まれているせいもあると思うが、私はティベリウスは非常に好きな人物である。
 続くカリグラ。そしてクラウディウスを飛ばしてネロ。彼らこそ「悪名高き皇帝」として知られており、アウグストゥスや五賢帝よりも有名なローマの皇帝である。彼らに共通することは、先代の皇帝が(善政であったとしても)市民に人気がなかったということである。そして若くして帝位に就いた。現代の日本でも、新しい感覚を持つ若い人に人気が集まるし、世の中を明るくしてくれるのではないかと見られる。周囲からそう見られている事を知っているその若者は、帝位に就いてもなお人気者であり続けたいと考えた。それが人気取り政策に走らせ、国家財政の浪費へと繋がり、ついには暗殺という結末となる。
 人気のある政治家、国民に歓迎される政策、それ自体はもちろん良いことだ。しかしそれが人気取り政策になっていないだろうか。その結果が財政圧迫。ついには・・・。人気よりも実力を示したティベリウスやクラウディウスのような無骨な政治家を待ち望む。☆☆☆

[書評] ローマ人の物語VI パクス・ロマーナ

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