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2005.01.17

[書評] 理系発想の文章術

三木 光範:理系発想の文章術,講談社,2002

理系発想の文章術 技術者として仕事をする毎日、日々当たり前のように文書を作っている。文書と言っても中身は様々で、企画書も報告書もあれば計算書も研究論文もあり、メールや議事録もある。これらの文書は主として文章から成るが、含まれるのは何も文字だけではない。必要とあれば、図や表やグラフ,写真,図面など、目的に応じてこれらも使われる。またプレゼンテーションに用いられるいわゆるパワーポイント類では、読んで解る文章はむしろ控えられ、見てわかる図的表現が好まれているようである。
 さてこれらの文書の目的とは何だろうか。本書では「思考の正確な表現」と「表現された思考を読む人に理解させること」であるとしている。これを著者は理系の文章と呼んでいる(著者は文字表現を捉えて「文章」としているが、私の感覚では文字以外の表現も含めた広い意味での「文書」としたい)。理系の文章では、書き手と(複数の)読み手の頭に同じ知識が作られることを目的としている。理系の文章でない文章では、同じイメージが作られることを必ずしも必要としていない。例えば「なつかしい故郷」という文章は、人によってイメージするものが異なるであろうから、理系の文章とは言えない。
 理系の文章にはフォーマットがある。ひとことで言うと起承転結だが、それ以外にも細かい約束事がある。これらは守るべきである。理系の文章に目的は、書き手の文章表現の巧拙にあるのではなく、「思考の正確な表現」と「表現された思考を読む人に理解させること」にあるのだから、読み手にも認知されている決まりに沿って書くべきなのである。理系の文章は人を感動させる必要はないから、才能ではなく技能だと思う。絵画と製図の違い。つまり練習すれば誰にでもできるのだ。その要点を記したのが本書である。この本を読まずにあれこれ試行錯誤してみてもよい。しかし自分でやってみると、あれこれやっても結局は書き方の決まりに沿うのが一番楽だということが解る。
 社会に出れば必要不可欠なこの理系の文章であるが、学生時代には習いそうで習わない。学生時代にもレポートなどはあるわけだが、今振り返っても書き方を意識したことはほとんどなかった。レポートを出す理系科目の授業では、その専門分野の内容を教えるので精一杯であり、日本語の授業である国語では、感想文はあってもレポートはない。結局学校で教わる機会はないのだ。そうは言っても、理系文系の出身を問わず、日々企画書や報告書といった文章の作成に格闘している人は多数居るであろう。そう考えると一般教養(教養と言うより技巧という感じもするが)科目としてあっても良さそうな気がする。
 このブログ(書評)は感想文であって一向に構わないはずだが、「思考の正確な表現」と「表現された思考を読む人に理解させること」を考えると、つい理系の文章チックになってしまうのが悲しい性である。☆☆☆

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