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2004.05.31

[書評] 悪魔に仕える牧師

リチャード・ドーキンス,悪魔に仕える牧師,早川書房,2004

悪魔に仕える牧師 ドーキンスの新刊が出たということで、喜んで書店に向かった私だが、エッセー集ということで少しガッカリした。しかし彼の専門分野以外のことだとしても、科学的思考によって切れ味鋭い理論を展開するドーキンスのことであるから、期待をして読んだ。
 実はこの本の書評は書きにくい。それは章によって点数が異なるからである。エッセー集であるからそれぞれが短編であり、カテゴリーごとに7つの章に分かれている(まるでブログだ)。私が読んでおもしろいと思ったのは、生物の遺伝・進化・淘汰に関する2章、情報(ミーム)の遺伝・進化・淘汰に関する3章、それから全体を通して貫かれている宗教や創造論者に対する不満・憤り・やるせなさを訴えている部分だ。
 しかし科学的な思考をせよという啓蒙の部分では前作「虹の解体」の方がまだ良かったし、2章と3章にしても新しい知見が述べられているわけではない。著者の知人への弔辞や、アフリカで感じたことなど私にはどうでもよいし、グールドらの著書を批評している部分は議論が高度すぎてあまり理解できない。
 「利己的な遺伝子」を代表とする一連の著作のように、科学的根拠やそれに基づく自説を述べるドーキンスは、非常に論旨明快である。科学の話は、次々に証拠を並べて、この説が最も矛盾がない、と論を進めて何ら問題はない。しかし本書のような価値観の話になると、彼お得意のたたみかけるような「説得調」がふさわしいかは疑問である。また本書の中で、野球は世界中の読者に知られているわけでないという理由でグールドの野球を用いた比喩を批判していたが、この本の読者が、著者が身近だと思っている友人や詩や自分の過去や感性の多くを理解しているとは思えない。そういう意味で本書に対する私の評価は低くならざるを得ない。お薦め度も低い。
 ドーキンスような高名な学者の著作を、理解不足を白状しているようなレベルの低い読者に批評されたくはないかもしれないが、ドーキンスの本領はやはり進化論の著作で発揮されるという思いが残る。またこのような題材を取り上げるのであれば、一神教や創造論がはびこっていない日本についてどう思っているのかを聞いてみたい。☆☆

 エッセーというものに対する私の態度はこちら

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